私立附属幼稚園・小学校卒業後三十年の時を経て理解する親の思い

2019-03-02

3月2日(土)雛祭り前日

雛祭りの3日は休室です。箱にしまわれる前のお雛様に、子供達のいない教室の留守番を任せましょう…

 

今日は、年長の指導日ですが、鎌倉まで父の墓参に行きました。

母親と月一回訪れる度に思い出す父親とした事の数々。

 

よく連れて行ってくれた新宿御苑のザリガニ釣り。今は無くなってしまった渋谷の東急文化会館のプラネタリウム。日比谷劇場、有楽座、日劇の映画館、僕は日劇の特撮映画より日比谷劇場の仏映画がお気に入り…ひねたガキでした。

 

他にも父子のお気に入りの場所は数知れず。仕事で不在の多かった母親には申し訳ないのですが、父親が在宅仕事のせいか、私は父親っ子でした。

 

幼稚園には通わせず、自分の手で育てたのは何故だろう?

 

小学校三年生まで、竹刀や長い靴べら、スリッパでよくたたかれたのに、小学校四年生から叱られた記憶が無いのは何故だろう?(目につく長い物をいつも隠してたっけ)

 

毎朝毎朝飲まされた、大きいコップに入った自家製の野菜ジュース。美味しいなんて思った事はありませんでした…栄養は牛乳で摂った時代に野菜にこだわったのは何故だろう?

 

やたらに小動物や小鳥や金魚を買ってきては飼わされたのは何故だろう?(最後まで面倒をみたのは僕でした。)

 

どの家庭にもある親が子にした事の数々…時には理不尽であり、理解できない事も多々ありました。

 

時が過ぎて、一つ一つその理由を理解し、嫌な記憶が全て良き思い出に塗り替えられた頃、娘が育ち成人を迎え、いつのまにか嫁いでいきました。

 

私立附属幼稚園や小学校の出身者に、「その附属に通った意味を理解したのは卒業後何年過ぎた頃ですか?」と問うと、多くの方が「卒業後三十年頃でしょうか…」と答えます。

 

自分の育ちの事など忘れてしまったかのように、社会人として忙しい日々を過ごし、我が子を通じた社会との繋がりを持ち、役職に就き部下との関わりに悩む、男性なら厄年を迎える40歳を過ぎた頃…親がその附属に通わせた思いや理由が理解できるようになるようです。

 

私立附属幼稚園や小学校卒を「濃い学歴」と私は言ってきましたが、濃密で深い人的影響を受けた6年から9年間の影響でも、小学校卒業後30年の時を経てその意味を理解できるようになるものなのです。

 

子育ては結果を早く求めるものではありません。

 

いつか理解してくれればいいな…ぐらいの思いが丁度良いのです。

 

 

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